藤間蘭黄  日本舞踊の世界

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カテゴリ:一言解説( 17 )

『山姥』

山姥は山に棲む鬼女。
この山姥と、足柄山の怪童丸(=金太郎)伝説とを結びつけた
近松門左衛門の『嫗山姥(こもちやまんば)』。
この戯曲を基に様々な「山姥もの」が誕生した。

清元の『山姥』は、山姥が棲む深山の四季の風景描写を主体にしながらも色気のある曲。
後半には山姥が昔をしのぶようにも思われる鄙歌を配し、変化をもたせている。
文政六年(1823)初演。本名題を『月花茲友鳥(つきとはなここにともどり)』という。
この清元の『山姥』には地歌や荻江、常磐津や長唄(四季の山姥)にはない特徴がある。

それは花。
花や植物の名前が多く詠みこまれている。
梅、桃、桜、柳などは常磐津の『新山姥』や長唄の『四季の山姥』の中にも出てくるが、清元の『山姥』にはさらに多くの花名が出てくる。
蕨、山吹、卯の花、花かつみ、あやめ、菖蒲、杜若、荵、小萩、苅萱、紫苑、朝顔、菊、松、立花…
まるで植物図鑑のよう。
これらの花々で四季の移ろいが描かれる。
その描かれ方が誠に叙情的である。

梅が「笑う」のは花がほころびる比喩。
早春の野に出る蕨の芽は「早蕨」で、源氏物語第四十八巻の巻名にも。
手を引いて春の山に来れば儚く散る「仇桜」は親鸞聖人の言葉「明日ありと思う心の仇桜」を想起させる。
また「伏猪(臥猪)の床」は古来、萩を指し、そこに菊を重ねて秋が深まる様を巧みに見せている。

こうした歌詞に、人々が生きている様が「振り」として織り込まれる。

梅は擬人化され同朋の微笑みとなり、手を引くのは恋人となる。
そうした中にも花鳥を表す擬態の振りが盛り込まれる。
また「夕立」では、雨をよける振りだけでなく、扇を払って、音を立てる。
黒塀にさっと雨がかかる様である。
「雁が届け」た玉章(手紙)の「返事」はふと考えて、思いつく。
そうしたしぐさがすべて踊りになる。
そして、後半の見せ場、「おらが嫁入ってナ…」の鄙歌のくだり。
ここでは一転、山「姥」=老女が強調される。
遥か昔の嫁入りを思い出し、歳長く連れ添い、今は夫婦が茶飲み友達となった、という、
特定の誰でもない一老女の様子を表出する。
更に「我は子ゆえ」と息子の金太郎を匂わせることにより山姥へ戻り、
最後は「室咲き」からもとの「花を尋ねて山めぐり」となる。
子供をあやして、次の瞬間には花を眺める。
曲の運びも振付も誠に巧みである。R
>10月20日、第20回「蘭黄の会」まだ空席があります。
午後7時開演、8時15分には終演の予定です。是非ご覧ください。

by rankoh-f | 2014-10-06 12:12 | 一言解説

紫紅会

5月25日、藤間藤子17回忌追善「紫紅会」公演

蘭黄が踊る『しのぶ舞袖』は、藤子の母、藤間勘八の追善のために藤子の振付で作られた。
今回は藤子を偲び、新たな振り付けにより上演する。

もう一つ演目、『風の法師』は、昭和59年の紫紅会に書き下ろされた作品。
「すたすた坊主」を題材にしている。
「すたすた坊主」は、江戸時代の大道芸人の願人坊主として、
『浮かれ坊主』や『まかしょ』といった古典作品にも描かれている。
若いすたすた坊主が、旅を重ねながら江戸へ下る道中の哀歓を描いた作品。
初演以来、藤子自身で何度か再演を重ねている。
そして藤子他界の平成10年に、蘭黄も自身のリサイタルで初演。今回はそれ以来の上演となる。
16年の積み重ねがどのように滲み出せるのか。
挑戦である。R

ご多忙のところ恐れ入りますが、何卒ご来駕いただき、宜しくご高覧賜りますよう、ご案内申し上げます。
by rankoh-f | 2014-05-13 09:59 | 一言解説

都鳥2

哀愁をも帯びた繊細な前弾から、からっと明るい曲調になり踊り手の登場となる。
「江戸」の雰囲気を纏った人物。しかし語り手は江戸にはいない。
「〽徳川の世の盛り」という歌詞が示す通り、作者はちょっと前の江戸時代を「徳川の世」と言う明治人なのである。
隅田川に浮かべた船の上で行われる茶事の描写、
酒に砕けてからのさんざめき、
深川の荷揚げ人足さえも粋なパフォーマーとなる。
山谷堀へと向かう遊里の客の浮き立つ心、
遊女と逢引する間夫(恋人)など。
「〽その思い出の懐かしき」と最後の歌詞にあるように、明治人がちょっと前の江戸を思い出し、
哀愁に浸る作品なのである。
この「哀愁に浸る」は平安の昔からの「あはれ」にも通じる日本人の心の動きなのだと思う。R

蘭黄の会。10月31日19時から国立小劇場。全指定席7000円。
http://www.geocities.jp/rankoh_f/2013omote.html
by rankoh-f | 2013-10-26 23:35 | 一言解説

都鳥

リサイタルのもう一つの演目、東明流『都鳥』。
作者平岡吟舟(本名平岡 凞(ひらおか ひろし))は、幕末安政3年生まれ、没年は昭和9年。
若くして渡米、ボストンの機関車製造所で技術・工程を学び、帰国後32歳ではじめた車輛製造工場で巨利を得た。彼はまたベースボールとローラースケートを米国から持ってきた。
野球の方は同僚たちに教え日本人として初めて本格的な野球チーム(新橋クラブ)を組織し、野球場を新設。野球の普及に尽力した。
明治35(1902)年に、邦楽の一派をたてて東明と名付けた。
その時の端書(はしがき=設立趣意書)に「私は天性音曲を嗜み…中略…(従来の音曲は)趣味あるものは品が悪く、品よきものは面白くなく、或は渋すぎ、或は甘すぎ、互に一長一短があって、全曲すべて私の心にかなうものが稀にしかなかった。そこで試みに、各流に渉って私の好む節のみを寄せ集め、更に私の新に工夫した曲節を加味して、ここに自己流の新曲を作り、他流と区別するため、これを東明流と名付けた」とある。
この『都鳥』もまさにそうした作品。東西の音曲の良いところを取って、しかも、当時としては新しい節付けがなされている。R
by rankoh-f | 2013-10-25 21:06 | 一言解説

景清

今回リサイタルで上演する常磐津の『景清』。
伝説によると景清は、京、清水の観世音に深く帰依していた。
室町時代の幸若舞(能や歌舞伎の原型)の「景清」には、その道すがらの五条の遊郭の遊女「あこ王」が恋人として登場する。これが近松門左衛門により「阿古屋」と名付けられた。

今回の、常磐津では、「〽ねび観音をだしにして 夜毎日毎の徒詣(かちもうで)」。
ここでの景清は、観音詣を「だし」に廓に通う色男。
伝説が完全に逆転したかのようである。

この7世市川團十郎による景清のキャラクターには実はモデルがある。
この曲の初演5年前、源氏の武将梶原源太景季(かじわらげんたかげすえ)を主人公とした『源太』が3世坂東三津五郎により初演された。この上演の好評を受け、本曲が出来たのである。
登場のシーンでは「〽ちっと先祖に申し訳」と『源太』を初演した三津五郎を拝む振りがついている。
『源太』はその歌詞の一部「〽今年ゃかぼちゃの当たり年」から「かぼちゃの源太」と呼ばれていたため、景清は自ら「ほんのへちまの景清が」と述べる。

景清が一杯ひっかけて廓にやってくると馴染みの芸者や幇間が出迎えて、源平合戦の話をせがむ。
つまり源平の合戦が終わったのち、という時代設定。だが、敗れた平氏の侍が悠長に「平家の侍大将」などと言い放って廓通いなど出来るはずがない。また、その時代にはまだ廓に芸者や幇間など居るわけもない。
まるで江戸の遊郭に、平安時代の武将をタイムスリップさせたかのよう。荒唐無稽な洒落の世界である。R
by rankoh-f | 2013-10-24 22:57 | 一言解説

リサイタル

リサイタルが来週に迫った。今回上演する『景清』の主人公は、平家の武将として、平安末期の源平の合戦に活躍した実在の人物、藤原景清。『平家物語』巻十一「弓流」に、源氏方の美尾屋十郎(みおのやのじゅうろう)の錣(しころ)(首を守るために兜の鉢の左右や後ろに垂らしている部分)を素手で引きちぎったという「錣(しころ)引(び)き」の逸話が記されている。古くから能や浄瑠璃、歌舞伎をはじめ様々な芸能の題材になっており、伝説やエピソードが数多く創作され、景清が登場するものは総称して「景清物」と呼ばれる。
今回の『景清』は、変化舞踊真っ盛りの文化十年(一八一三年)に『閠茲姿八景(またここにすがたのはっけい)』という八変化の一つとして七世市川團十郎により初演された。平家随一の豪傑、勇猛果敢な景清を、恋人の傾城阿古屋のもとに通う色男として描いている。歌詞には随所に先行の「景清物」で形作られた伝説が取り入れられており、江戸文化の爛熟期といわれる文化文政期ならではの洒落た味わいがある。
「蘭黄の会」10月31日(木)19時開演国立劇場小劇場。全指定席7000円です。是非ご覧ください。R
by rankoh-f | 2013-10-23 08:15 | 一言解説

柱建万歳

27日に迫った「五耀会」
蘭黄は「柱建万歳」に出演する。

江戸時代から明治にかけての正月の風物詩、三河万歳。
これを題材にした作品の代表は、常磐津の『乗合船恵方万歳』。
江戸庶民が大勢描かれるこの『乗合船』の、万歳のくだりを清元に移したものが本作品である。

「柱建」とは、家屋の建築で、初めて柱を立てる祝いの儀式。
万歳が祝辞を述べる際、「一本の柱は…」「二本の柱は…」と
数え歌のように一家の繁栄を述べる。

江戸っ子の太夫が「一本の柱は魚市。江戸に名高き日本橋」と
かつて日本橋にあった魚河岸の自慢をすると、
浪花っ子の才造が「二本の柱は二軒の芝居。浪花に聞こえし道頓堀」と
芝居小屋の賑わいを自慢する。
そして天下祭で名高い山王祭、石舞台の舞楽殿の四天王寺、五町の廓の吉原と、自慢が続く。

蘭黄は昼の部で太夫を、夜の部で才造を演じる。
昼は江戸前、夜は上方風に。
と言っても、「万歳」である。

長閑な正月の雰囲気を馥郁と醸し、
明るく華やかな舞台にせねばならない。

一所懸命、必死になっては決して出せない雰囲気。
力を入れて、それ以上に力を抜く。

「言うは易く行うは難し」というが、
「言うも行うも難し」である。R
by rankoh-f | 2011-05-21 13:08 | 一言解説

菊慈童

10月24日のリサイタル「蘭黄の会」で、
久々に「菊慈童」を踊る。

これはもともと18世紀に出来た古い作品。
長唄曲のみ残り、振りが途絶えていたものを、
今から約60年前、昭和20年代に祖母藤子が復活した。

物語の背景は、能の「枕慈童」(または「菊慈童」)と同じ。

中国古代の周の時代。
仕えていた穆王(ぼくおう)の枕をまたいでしまい山奥に流罪となった侍童が、
王から賜った枕にある二句の偈(げ)(法華経の句)を菊の葉に書くと、
その葉から滴る露が不老不死の薬となる。
それを飲み、若い姿のまま7百余年の長寿を重ねた様子を描いている。

寵愛を受けた王を懐かしみ、移ろう自然を愛で、
あるいは昔の罪を悔み、
星霜経ても歳を取らない苦しみを味わい、
仙人のような境地となり、長寿を寿ぎ、
庵へと帰っていく。

「700歳の慈童(少年)」。
見た目の「若さ」と、
精神の「老い」と、
そのすべてを超越した「愛」と。
いかに「慈童」になるか。

今回は本衣裳で挑むR
by rankoh-f | 2010-10-03 16:42 | 一言解説

関の扉2

2週間ぶりに続きが書けた。
ここからが下の巻である。

小町の後を見送る宗貞のところへ、酔った関兵衛が現れる。
宗貞は、関兵衛が落とした宝印が気になり、関兵衛の懐を探るものの、
関兵衛は寄せ付けず酔って倒れ伏す。
その様子を伺いながら宗貞は奥へ入る。

一人残った関兵衛が尚も飲もうと、持ってきた大杯に酒を満たすと、
そこに星が映る。時刻は寅の一点。明け方4時。
いまここで、樹齢300年余りの桜の古木を伐って護摩を焚き、
世を乱す邪神「斑足太子の塚の神」に祈ると、
クーデターが成就する。と、
大鉞(まさかり)を持ち出し、石で砥ぐ。
切れ味を試そうと、宗貞の琴を斬ると、その下から血染めの片袖が。
それは最前、安貞の片袖を宗貞が隠し置いたもの。
不審に思い拾い上げると、盗み持っていた宝印が関兵衛の懐から桜の木へ飛び去る。
いよいよ怪しいと、桜に斬りかかるが気絶してしまう。

そこへ登場するのが墨染桜(小町桜)の精。

関兵衛が血染めの片袖を手にしたことによって、
彼が夫安貞の敵とわかった墨染桜が、恨みを晴らそうと現れたのだった。

目を覚ました関兵衛に、自分は撞木町(遊郭)から来た墨染という名の遊女で、
「見ぬ恋にあこがれ、雪をも厭わず遥々」やってきた、と言う。
なにかあると思いながらも、わざと騙される関兵衛。
そこで「廓話(くるわばなし)」が始まる。
雪の逢坂山で、いきなり撞木町の遊郭の話を始めるのである。
天蓋を差しかける花魁道中に始まり、
行きつ戻りつする客、
自分の打掛に隠して間夫(まぶ=遊女の恋人)を部屋に引き入れる遊女。
ホッとして酒を飲み、同衾するが、
蒲団が暖かいのを、さっき帰った客か、新しい彼が出来たかと疑い、
痴話喧嘩となる。
帰る、帰さぬのやり取りのうち、

関兵衛が血染めの片袖を落とすと、それを拾って思わず泣き伏す墨染。

不審に思った関兵衛が問いただすと、
墨染は、他の女と取り交わした起請文(恋の誓いの証文)じゃないか、
と、とっさにごまかす。
不審に思いながらも墨染の言葉に乗る関兵衛。
ここから、恋の争いに見立てた墨染の恨み言(クドキ)が始まる。

いよいよ激しく攻め立てられて、関兵衛は、
さっきから、痴話喧嘩にことよせて、自分を恨み、
「その片袖に心を寄せる怪しい女」に、事情を話せ、と問い詰める。
墨染も開き直り、「この片袖は夫の血汐」と言い、
さっき手に入れた宝印も持っているからには、企みがあるだろう、
本名を明かして正体を現せ、と逆に詰め寄る。
こうなったからにはもう隠してはいない、とばかりに、
関兵衛は、自分は「天下を望む大伴黒主」であると、正体を現す。
大鉞を持ち出して、自分を恨むお前は何者だ!と問う黒主。
墨染は自分は人間に見せているが実は、
安貞と契りを交わした桜の精である、と正体を明かし、
夫ばかりか自分の桜まで傷つけようとする恨みを晴らそうと、
桜の枝を取って黒主と戦う。

銀世界の雪景色の中、満開の桜の下で、繰り広げられる
大スペクタクルである。R
by rankoh-f | 2010-02-12 13:06 | 一言解説

関の扉1

2月19日日本舞踊協会の会で、「関の扉(せきのと)」を踊る。

言うまでもないコテコテの「歌舞伎舞踊」。
題名は「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」。
「○○○実は×××」みたいな人物が大活躍するファンタジー。
蘭黄の役は「関守関兵衛実は大伴黒主」。
相手役は「傾城墨染実は小町桜の精」。

以前このブログで、書きかけていた面白さがここにある。

天下を覆そうとたくらむ謀反人大伴黒主は、
逢坂山の関守に身をやつし(変装して)隠れ住んでいる。

そこへ小町姫がやってくる。
彼女は、宗貞という恋人がいるのに、
皇太子が無理矢理に後宮に入れようとしたため、
その難を逃れてここまでやって来たのである。
そして図らずも恋人の少将宗貞と再会する。
良岑少将宗貞は、先皇遺愛の墨染桜が植えられたここ逢坂山で、
先皇の菩提を弔っていたのだった。

この恋人たちの仲立ちを買って出たのが関守の関兵衛。
宗貞と小町の、馴れ初めの恋話を聞くうち、関兵衛は思わず、
懐の宝印と暗号の割符(木の札に暗号を書き半分に割って持っている)を取り落とす。
目ざとくそれを見つける2人。
小町姫は割符を素早く拾う。
正体がばれることを恐れた関兵衛は、踊りでごまかして奥に入る。

そこへ、白鷹が血染めの片袖を下げて飛来する。
宗貞が、片袖を見ると「二子乗舟」の文字。
これは、昔の中国の漢詩で、弟が兄の身代わりで死ぬという意味。
弟の安貞が兄の宗貞に変って死んだと告げる小町姫。
宗貞は驚きと悲しみのあまり、思わず片袖を落とすと、地面から鶏の声がする。
袖が落ちた石の下が怪しいと掘ってみると一枚の丸鏡が。
三角縁神獣鏡のようなその鏡の模様が、まるで生きているような鶏。
小町姫が、それは大伴家の宝の「八声の名鏡」だと告げ、
先程拾った割符と、自分が、同じ反クーデター派の小野篁から預かり持っている割符を合わせてみる。
「鏡山」という字が浮かぶ。
鏡の埋まっているこの逢坂山のことか?
不審なのはあの関守だ、と2人は示し合わせ、
宗貞は、油断なく見張り、いざというときは狼煙をあげるので、
それを合図に関の四方を囲むよう、
小町姫へ、小野篁への伝言を頼む。
せっかく逢えた恋人同士はまた離ればなれとなっていく。

小町の後を見送る宗貞のところへ、酔った関兵衛が現れる。

ここまでが上の巻。R
by rankoh-f | 2010-02-01 13:10 | 一言解説