藤間蘭黄  日本舞踊の世界

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カテゴリ:日々( 11 )

出雲の春

3月29日「出雲の春音楽祭2015」を無事に終えた。
今回は、この音楽祭の為に編成されたフェスティバルオーケストラの演奏による、ラヴェルの『ボレロ』で、出雲神話「国引き」を日本舞踊化するという試みだった。
出雲国風土記の巻頭を飾る、出雲の成り立ちの神話「国引き」。
地元の舞踊手2人と、藤間恵都子師と共に4人で描いた。

満員の観客席。
チューニングが終り、2人の踊り手が、オーケストラの前に敷かれた所作舞台の端に控えると明かりが入る。指揮棒が動き、やがて静かにタン タタタタンと太鼓の音が始まる。
最初のソロで1人の踊り手が立ち上り、扇子を開きながら中央へ。海を描いていく。
次に2人目の踊り手も同様にさざ波を描く。
やがて大波となり、出雲の海岸線が見えると、そこに立ち上がる雲。
人々は、あるいは舟に乗り、潮を汲み、或いは貝を拾い、漁をする。
古代出雲の民の生活から始まり、そこへオミツヌ、フテミミの2神が現れて神話の世界へと観客を誘う。
オミツヌは、海の向こうに繋げる土地を探しに行く。
女たちは三つ編みの太い縄を綯う。
大きな鋤を使って土地を切り取り、縄をかけて引く。
オミツヌに引かれて土地が集まってくる。

曲の盛り上がりとともに、力強く土地を引くオミツヌと声援を送る女たちの踊りが展開された。
終曲、土地を引き終え杖を立てて「おえ!」と叫ぶオミツヌ。人々の歓喜でカットアウト。
鳴り止まぬ拍手。

「日本舞踊とオーケストラ」第一弾の試みは無事に終わった。
アンコール曲『新撰組』のテーマでも、踊りを披露。客席からはブラボーの声も聞こえて、大いに盛り上がった。
写真はゲネプロの模様。
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by rankoh-f | 2015-04-01 10:21 | 日々

テレビに出ます

今週と来週の金曜日、NHKの「にっぽんの芸能」に出演します。
今年の7月の(公社)日本舞踊協会新作公演『櫻草紙』。
衣裳・かつらを付けない「素」で悪役を勤めました。
ご覧ください。R
by rankoh-f | 2014-11-12 00:34 | 日々

紫紅会

5月25日、67回目の紫紅会を開催させていただく。
今回は祖母、藤間藤子の十七回忌追善公演。
蘭黄は、序幕に母蘭景と『しのぶ舞袖』、
最終幕の直前に『風の法師』という演目を勤める。

『しのぶ舞袖』は、祖母藤子の母、つまり蘭黄の曾祖母、藤間勘八追善のために作られた曲。
これを今回藤子の追善曲として、故人を偲び母と踊る。R

チラシはこちら
by rankoh-f | 2014-04-20 10:34 | 日々

はじめての日本舞踊

2月1日に兵庫県立芸術文化センタープロデュース「はじめての日本舞踊」に出演させていただく。
今回は同センターの「はじめての」シリーズの新企画。
日本舞踊を紹介する公演に五耀会のメンバーが出演する。
蘭黄が出演する演目は『大和団子』と『徒用心』。
『大和団子』は夫婦の団子売りが街中で実演販売する様子を描いた江戸の風俗舞踊。
西川箕乃助氏が女房役。
「はじめての」最初の演目である。
今回は特に日本舞踊の身体表現そのものをご覧頂くために、全編素踊り。
つまり、男もちょんまげ姿ではなく、女房も女形の姿をしない。
稽古着同様の着物に袴。
これを江戸時代の夫婦として観ていただく。
身体の使い方のみで男女はおろかその人物の生活感まで表現するのが日本舞踊。
「そのもの」を映像で見せ、しかも時には字幕までつけるメディアとは根本的に異なる。
お客さまの想像力が頼りとなる。R
by rankoh-f | 2014-01-22 12:48 | 日々

六三郎

あっという間に2014年も2週間が過ぎた。
今年の最初の大舞台は「日本舞踊協会公演」。
昨年『蜘蛛の絲』を上演させていただいた催しである。

今回も夜の部の最後。
2月15日。中日である。

演目は、『三世相~三社祭』。

19世紀半ばに初演された、
全6幕が、常磐津の浄瑠璃で運ばれる通し狂言
『三世相錦繍文章(さんぜそうにしきぶんしょう)』の
最終幕。
主役の六三郎を演じる。

この六三郎、鳶頭の扮装で登場するが、じつは侍。
盗まれたお家の重宝「小倉の色紙」を探している。
恋人の芸者お園が、非道の兄、長庵を殺してしまい、
二人は心中する。
そして、三途の川を渡り、閻魔の庁へやってくる。
そこでは、先に来ていた長庵が色紙を盗んで三社祭の山車に隠した事が暴かれ、
しかもお園とは血縁でないことまで明らかになり、
お園たちは許され極楽へ。
色紙は長庵が持っていることを知った六三郎が、ハッと目を覚ますと、
すべては夢のお告げ。
急いで祭りに駆けつけ、色紙を取り返す、という奇想天外な物語のフィナーレである。

お園を抱える福島屋の主人、清兵衛を、祭りの騒ぎに乗じて襲おうとする長庵から、
六三郎が色紙を取り返し、大団円となる場面。
祭りの賑わいが繰り広げられる。

六三郎は最初、粋な鳶頭で出て、お園との踊りがあり、
後半は、祭りの余興で出るはずの清兵衛の代わりに、赤頭を被って『石橋』を見せる。
『連獅子』や『鏡獅子』と同じ毛振りをする。
演じ甲斐のある役である。R
by rankoh-f | 2014-01-14 23:19 | 日々

まだまだこれから

10月31日、19回目のリサイタルを終えた。

今回、素踊り2題というものの、
『景清』と『都鳥』という、一見全く違う作品を並べたつもりだった。
ところが、2番を続けて稽古すると、実は非常によく似ているところが多々存在した。

番組構成の時点で、自らハードルを上げていた。

『景清』は平安の武将が江戸の廓に通って阿古屋という傾城と馴染むという筋立て。
前半は源平の合戦を江戸の遊郭になぞらえた「物語」、
後半は、阿古屋と景清の恋話となる。

この恋話が『都鳥』と重なる。

『都鳥』は江戸末期の隅田川点描といった内容。
前半は船遊びの様子や深川の荷揚げ風景などが描かれるが、
後半、吉原の遊女と逢引をする恋人の様子が、『景清』に似ているのである。

片や平家の侍大将と最高位の傾城。
片や市井の船頭と下級遊女。
2組の男女の仕分けとなった。

また、前述の通り『景清』で語られるのは源平の合戦。
屋島の海戦である。船が何度か登場する。
一方『都鳥』は隅田川。これにも川舟が多数描かれる。
海の戦の軍船と川の交通の船の仕分けである。

極めつけは「振付」。
『景清』は曾祖母勘八が伝えた古典。
『都鳥』は祖母藤子が振りを付けた。
『景清』に出てくる古典の振りが、『都鳥』の随所に再構築されて登場する。
『景清』を得意としていた藤子ならではの振付ともいえるが、
並べてみると本当によく似ている。

ただし、同じ振りでも、演じる役が侍か町人か、若者か中年か、男か女かで
踊り方は全く変わる、はずである。
そしてこれが踊り手にとって技量の見せ所となる、はず。

こうしてハードルの高いリサイタルとなった。R
by rankoh-f | 2013-11-03 09:49 | 日々

ゆく年来る年

平成23年、2011年も残すところあとわずか。

今年は本当に考え、思う年だった。
年頭から3月11日までの2ヶ月あまりのことは、まるで去年で。

一門の紫紅会。
五耀會東京公演。
そして秋のリサイタル。

催しを開催するたびに、自分の存在、
日本舞踊の存在意義について考えた。

多くの力に支えられてきた。

感謝をしつつ新年を迎える。R
by rankoh-f | 2011-12-31 21:08 | 日々

稽古

我々は、普段、他の方々へ稽古をつける。
いわゆる「お師匠さん」業である。
教わる方々は様々。学齢前の子供から、
お師匠さんをしている「プロ」まで。
舞踊家を目指して修行する人、
趣味で楽しむ人、
教える為に教わる人。

同じ踊りでも、
当然、教え方は様々に変わる…

が、その内容は、意外に変わらない。
振りの順番=手順に加えて、
振りの意味を理解することは、
教える為に必要なばかりでなく、
趣味で楽しむためにも勿論、
小さい子供には尚更大切である。

踊り手が、
「自分が何処から来て、なぜ此処で踊るのか」
を知らなければ、
その内容が伝えられるはずがない。と、思う。R
by rankoh-f | 2011-07-20 18:20 | 日々

気付いたら…

6月ももう終わり。

今月は何かあっという間に…。
3月から3カ月「五耀會」まで走って来て、ようやく一息。
月初めに休みを取り、リフレッシュ。
あとは稽古の日々。


来月からはまた所作指導も始まるR
by rankoh-f | 2011-06-28 11:15 | 日々

柱建万歳-オマケ

明後日「五耀会」で踊る「柱建万歳」。

昼の部は江戸の太夫、夜の部は上方の才造。
出身地が違うだけでなく、立場も違う。
いわば雇用主と雇われ人。
ただ、共に正月風景独特の長閑さや大らかさが必要とされる。

江戸+雇用主(主人)+長閑 と、
上方+雇われ人(従者)+長閑。

同じ「長閑」でも違いがある。
この相違をいかに出すか。

あまり「長閑」を前面に押し出すと、
昼の太夫はバブル期の社長になり、
夜の才造は組合長になる。
双方の違いが紙一重になってしまう。

かといって雇用関係を前面に打ち出すと
「長閑」は吹っ飛んで、労働闘争の観が。

昼夜でガラッと変わる二人の蘭黄をお目にかけるべく。。。R
by rankoh-f | 2011-05-25 23:27 | 日々