藤間蘭黄  日本舞踊の世界

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いよいよ本番

これから舞台稽古。

本番通り美術を飾り、衣裳を付けて舞台で踊る。
勿論、生演奏。

舞台は美術と照明が綺麗。

本番に向けて秒読み開始である。R
by rankoh-f | 2007-10-31 13:43

リサイタルの醍醐味2

いよいよ明日になった。
2年ぶりのリサイタル。
久々の新作。
「沖太夫」は、昨年春から構想を練り、今年の夏に作詞、9月に作曲してもらった。
日本舞踊の題材としては、かなり毛色の変わったもの。
デコイに恋をしたアホウドリである。

これをどのように表現するのか。

まず頭に浮かんだのは、スーツを着てシルクハットを被った紳士。
白い手袋にステッキなんかも突いている。
明るく、礼儀正しい、けれどどこか世間とずれている。

こんな主人公が、よりどころにしていた人形(本人はそれを人形とは思っていないが)を失う。
それは多分、構築していた世界の崩壊。
そして狂乱する。
混迷の果てにどうなるか。

この、「どうなる」について最後まで悩んだ。
このまま狂い続けるのか。
そのまま死んでしまうのか。
あるいは復活を果たすのか。

じつは今、日本舞踊はある意味絶滅の危機に瀕している。
古典芸能としては、
歌舞伎、能楽と並ぶ伝統性を持ちながら、
文化財の指定は日本舞踊ではなく「歌舞伎舞踊」。
常に新しい方向を模索している舞台芸術としては、
バレエ、コンテンポラリーダンスと並ぶ芸術性を持ちながら、
「創作舞踊」公演に入るお客さんはいない。
民族舞踊という意味の「日本のおどり」としては、
歌謡舞踊(新舞踊)や民謡、盆踊りほどの人口もない。

実に曖昧な所に立っている。

習おうとするお弟子さんも年々高齢化し、
見ようとする「日本舞踊ファン」も減少している。

このままでは近い将来本当に絶滅してしまいかねない。
これを滅ぼさず、「伝統的」で高い「芸術性」を持った「日本のおどり」として
次の世代へ確立していくことが、いま、ここに携わる者の使命なのではないだろうか。

と、そんなに立派な使命感はないにしろ、

とにかく何とかしなくてはいけない。
将来へ向って大きく羽ばたかなくてはいけない。
そんな希望を託して、

美しく復活を果たす結末にした。

オキノタユウは明日旅立つ。R
by rankoh-f | 2007-10-30 12:02

リサイタルの醍醐味

先日、リサイタルの演奏・扮装付きリハーサル(下浚い)を終えた。

演目は230年前初演の古典「一人椀久」と、書き下ろしで今回が初演の「沖太夫」。

まず「一人椀久」。

これは滅多に上演されない演目で、演奏の速度(ノリ具合)が難しい。
主人公の気持に合わせて演奏も早くなったり遅くなったりする、
その緩急の具合(生け殺し)が難しいのである。
これが上演頻度の高い演目だと、演奏家もある程度心得ていて、
話し合いによる打ち合わせのみで上手くいく。
ところがこのような“珍しい”演目の場合、演奏家は、只、“演奏する”ことのみに集中してしまう。

すると、踊りの情感が出にくくなる。

勿論、慣れた演目にありがちな、踊りベタ付けの演奏では
情感どころの騒ぎではなくなってしまうのだが。
そこは偏に演奏家のセンスによるところが大きいのである。

踊りに付かず離れず寄り添う演奏。

今回の「一人椀久」も、まず話し合いによる打ち合わせをして、演奏してもらい、
踊ってみると、やはり、ノリが違うのだ。

珍しい演目で、演奏者が踊りの様子を知らない、ということが主な原因と思われたので、
再度、ノリ切れない所を、振りを見せながら細かく打ち合わせ、
最初からもう一度演奏してもらい、踊った。
下浚いで、頭からもう一度演奏してもらうなどと言う事は、通常はありえない。
しかし、生演奏だからこそ出てくるモノ、表現できる空気を大切にしたい。
この気持ちを理解してもらい、快く演奏してもらえた。

これはリサイタルだからこそ出来る贅沢。

そして、

上手く合うようになった。

祖母が世に出し、母が受け継ぎ、私が表現する「一人椀久」。
初めてのリサイタルでどうしても上演したくて無我夢中で勤めた20代。
難しさが少しわかったような気がした30代。
面白さがわかりかけた40代で勤める今回。

情感のある舞台にしたい。R
by rankoh-f | 2007-10-28 23:07

振り付け 2

今回の主人公、オキノタユウはちょっとカッコ悪いけれど明るく単純な青年というイメージ。
誰にも相手にされなくて、黙って見ていてくれる人形に恋してしまうちょっと間抜けな奴。
彼は渡ってくる度、人形相手に求愛ダンスをする。
この求愛ダンス。

底抜けに明るく、あっけらかんと、はしゃいで踊る。

そう思って作詞し、作曲もその様に依頼した。
そして出来上がったのが、サンバのリズム。
長唄なのに、である。
非常にリズミカルで調子が良い。

この振付が…

踊れないのである。
録音された曲はとてもノリが良いので、この音、リズムをすべて使って振りを付けたくなった。
そこで、大まかに動いて振り付けた後、テンポダウンして綿密に付けた。
で、
元のテンポに戻したら、身体がついていかないのである。
しかし、手順を抜くと間ぬけになり、
とても踊りにくい。
第一、折角のテンポ感、音楽性が失われる。

そこで、

毎日、稽古である。
何度も何度も踊って振りを身体に馴染ませる。

すると、

ようやく一昨日あたりから余裕が出てきた。

しかし、

膝が痛くなってきた…
踊りすぎも禁物。

身体と話し合いながら稽古を続けている。R
by rankoh-f | 2007-10-22 22:48

振り付け

16日に作曲・作調・照明・美術の方々へ、新作の振りを披露した。

と言っても、「とりあえず最後まで曲に乗せた」という状態てある。

振付。

音楽に合わせて身体を動かして何かを表現するその方法。

これを考えるのは、踊ることに匹敵するくらい、いやそれ以上に難しい作業かもしれない。
ただ音に合わせて身体を動かすだけなら簡単である。
そこに何らかの意味を持たせ、さらに観客の心に訴えるのは、並大抵のことではない。

私の場合、兎に角身体を動かして、そこから出てきたものを選り集めて繋いでいく。
頭で考えるのはある程度形になってから。それまでは考えることを極力避ける。

こうして作ったはずの振りが…踊れない!?R
by rankoh-f | 2007-10-20 19:23

新作の曲

先日、曲が出来た。
今回の作曲は杵屋勝四郎師。
想像以上に透明感があり情感漂う仕上がり。
テーマとなるメロディも美しい。
何よりびっくりしたのは、綺麗なCDになっているのだ。
師いわく「丁度良い映像があったので」プリントしてくれたとのこと。
一度聞かせて頂き、
ひとまず後半部分に少しだけ手直しをお願いした。
そして、
その夜、改めて聴いてみた。
すると、多いのだ。歌詞が。

今回も自分で歌詞を書いた。
内容がわかるように、今回はあえて現代語で作った。

その歌詞。

説明歌詞の分量が多く、折角のメロディを邪魔している。

そこで4/1ほどカットしたり、一部歌詞を足したり変更することにした。
作曲者にとってはまことに迷惑な話しである。
それでも、快く承知頂き、手直しをすることに。

これが凄い。

勝四郎師宅のミニスタジオで、
作調の藤舎呂英師と共に録音しながらの編集である。
自分も立ち合わせていただいたが、
見る見るうちに出来てくる。
勝四郎師いわく「最近のアーティストはエンジニアでもなければならない」
そうで…
巨大な画面のmacを駆使して、
ひとまず完成。

いよいよ振り付けにはいる。R
by rankoh-f | 2007-10-12 22:26

早稲田の鉢かづき

「鉢かづき」が無事終了した。

17年振りの、しかも何年振りかわからないくらいの全曲上演。

心配していた照明もとても綺麗に出来て、
長唄の演奏も良く、出演者一同無事に勤められた。
何よりのことである。

明日からはリサイタルに専念できる。R
by rankoh-f | 2007-10-10 23:58

鉢かづき リハーサル

本日(10月9日)、早稲田の「鉢かづき」の舞台稽古をした。

月は出た。
浪模様も出来た。

ところが、

全体的に暗い。
ピンスポットのきっかけが上手く行かない。

何でも、ピンスポットの操作をする部屋には舞台上の音が全く聞こえないと言うことで…

それやこれやで、予定を大幅に超過して、
それでも形にすることが出来た。

長時間お付き合い頂いた、狂言方、大道具、後見、小道具のスタッフに感謝である。

あとは、明日の本番を待つのみ。R
by rankoh-f | 2007-10-09 23:59

稽古

昨日に引き続き鉢かづきのこと。

昨日から母蘭景に見てもらっている。
皆汗だくの稽古。
例の従者役の「一生懸命のあまり…」の「あまり…」の部分も解消され、
終盤の総踊りも盛り上がるようになった。

やはり師匠の目は有難い。

大勢の時は勿論、たとえ自分ひとりで踊るときでも、
見てもらえる師匠がいるのと居ないのでは、
当たり前たが、大きな差がある。R
by rankoh-f | 2007-10-07 20:56

新作の美術

今回の新作「沖太夫」の美術は、照明家の足立氏の紹介。
河内連太氏である。
氏は、創作バレエ・モダンダンス・コンテンポラリー等の台本や美術をなさっている方で、
足立氏いわく「シンプルさの中に情感豊かに訴える装置は適任」とのこと。

この間から打ち合わせをさせて頂いているが、
私の無理な我儘にもめげずに、
話を聞いて下さっている。
有難いことである。
そして、昨日、具体的なプランを拝見拝聴した。

とても素敵な舞台になりそうだ。
照明、装置共に一流のプロの仕事である。

が、

装置、照明があまりに素敵だと、肝心の踊りが付け足しになりかねない。

曲も出来つつある。

本格的な振付に向け、武者震いの思いである。R
by rankoh-f | 2007-10-07 02:44