藤間蘭黄  日本舞踊の世界

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講義3

第二週目の講義。

日本舞踊のさまざまな特色について話した。

まず、独特の上演形式である「素踊り(すおどり)」について、「紅葉笠(もみじがさ)」という小曲を一例として、個々の動きの解説をしたのち実演した。

さらに、日本舞踊で特徴的な扇子の使い方「見立て」について話し、聴講生全員に扇子を配り、扱いの実習をした。
扇を使って、日常生活から大自然まで森羅万象を表現する技法は、
皆とても興味深く聴いてくれる。

そして、最後に留学生たちの母国の特徴的なものをこの扇で表した。

毎年色々な表現があるが、今年の聴講生たちは大人しい。
そこで学生に何かを提案してもらい、それを私が表現することに。

最初に聞いたのはベネズエラからの留学生。
こちらから水を向けても、特徴的な食べ物も風物もないという。
大きい山はあると言うので、両手を使って後ろに山を描く。

次は韓国でキムチ。
これは食べたあとのリアクションで。

中国のパンダは、動物を表す「手」を使い、扇を笹に見立ててかじった。

最後はドイツ。
扇をグラスに見立ててビールで乾杯。

最後に、日本舞踊は、伝統的な古典芸能ではなく、
今も新しい作品を生み出しているという話をした。

「伝統もかつては新しかった」とは、だれしもする話ではある。
が、本当に伝統として後世に伝わるものを今日作り得ているのかというと、
大いに疑問の残るところである。

担当の堀内教授から、次回は何か現代性のある作品も提示したら面白いのではないか、
との依頼もあった。R
by rankoh-f | 2007-12-27 15:10

講義2

第一週目の講義を終えた。

その内容は、

まず、日本舞踊とは何かを平易な日本語で説明する。
そして、「傀儡師(かいらいし)」という演目を例に取り上げ、
振りの解説を交えながら実演をするというものである。

「日本舞踊とは…」
これは簡単な様で難しい。
母胎となった歌舞伎との関係ひとつとっても、
詳しく説明したら90分の講義一コマかかってしまう。
さらにその先行芸能である能楽、雅楽、そして神楽や様々な民俗伝承芸能、茶道、華道、武道まで言及するとなると、もはや一年掛りの日本文化芸能史の講義である。
これを、講義の序盤約15分間で説明しようというのだから乱暴な話しだ。
そこで、考え出したのが、
「日本文化の集大成」
という説明。
「古代から現代までの日本の芸能を洗練された形で舞台で見せる」と補って、
自ら踊って楽しむ、或いは神に捧げる芸能と区別した。

そして「傀儡師」。
全体を、流れに沿って5つほどのパートに分け、
筋の解説と共に実際に動きながら、個々の振りの意味を解説した後、
音楽に乗せて踊って見せる。
これを5回繰り返す。
こうすると、全編約25分の演目を、飽きずに見てもらえる。
そして、最後に次週に繋げる予告として、
扇子の「見立て」について少し話して、丁度時間となった。

講義を終えて、片付けていると、一人の学生が、
「質問してもいいですか?」
何かと思ったら、
今の「傀儡師」はよくわかったが、日本で普段上演する時もこのような解説付きで行なうのか?
という質問。
普段は、解説はせず、ただ踊りを見せるだけです。
と答えると、「日本人はそれで全部わかるのでしょうか」
という。
確かにプログラムに掲載するほどの解説ではわからない。

ではなぜ観客はそれで納得するのか。

極論を言うと、それは、
「見る人」=「踊る人」だからなのだろう。
踊る人は習う際に凡その振りの意味は学習する。

だから、日本舞踊を「見る人=踊る人」は解説がなくても「解る」。

と、いうことは日本舞踊は「舞台芸術」のような顔をして、
実は盆踊りと同じ「踊って楽しむモノ」になってしまうのか。

そこに大きな落とし穴があるように思われる。
つまり、日本舞踊、特に古典舞踊を習う人が減少している現在、
見る人を踊る人に頼っていては先がない、ということ。
「純粋に見る」人が育たないと、舞台芸術としての日本舞踊の未来はないということである。

「海外公演だから」とか、
「留学生に見せるため」とか、
「舞踊の研究のため」とか、
そういう時ばかりでなく、

見たことのない日本人に見せる普及公演の際にも
こうした丁寧な解説付きの上演形態が必要なのだろうと思った。R
by rankoh-f | 2007-12-13 01:46

日本舞踊って…

先日、公演で来日中のロシアマリインスキーバレエのプリンシパル、イーゴリー・コルプ氏が稽古場を訪れた。

今春来日した際に友人から紹介され、その時、秋に再訪日の折りには稽古場見学したいと話していた。
ロシア人にしては珍しい律儀さで、その約束を実現したのである。

まず抹茶と和菓子で一通り旧交を温めた後、先日のリサイタルでの「一人椀久」のビデオを見てもらった。

日本舞踊は勿論、「カブキ」も言葉でしか知らない彼にとって、そこに映る踊りは未知の体験のようで、私の解説に耳を傾けながら画面を食いいるように見つめていた。
その後、稽古場の舞台上で、基本的な動きや扇の扱いについて、実際に動きながら話すと、興味深気に見ていた。

最後に記念写真を撮ったが、彼は扇が気に入ったらしく、持ち方を聞くと、早速不思議なポーズをとっていた。

それでも、それなりに形になるのはダンサーとしての資質なのだろう。R
by rankoh-f | 2007-12-03 21:47