藤間蘭黄  日本舞踊の世界

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「関の扉」

今週末、また「関の扉」を踊る。
そこで、一言解説(と言っても”百言”くらいになりそうであるが)。

本名題(本当の題名=「関の扉」は通称である)を「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」という。
1784年に初演された「重重人重小町桜(じゅうにひとえこまちざくら)」という、長くて込み入った筋の芝居の中の所作事(舞踊シーン)だったという。
そして、その、長くて込み入った筋の芝居は失われて、面白く纏ったこの舞踊場面のみが伝えられた。

上の巻45分、下の巻45分、1幕で1時間半もかかる、
いわゆる「大古典の歌舞伎舞踊」らしい歌舞伎舞踊の大作である。

「六歌仙」といわれる平安時代の歌人、小野小町、僧正遍照、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、そして大伴黒主の世界を取り入れ、皇位継承争いを縦軸に描いている。

クーデターを企てる大伴黒主が、帝を滅ぼそう企んでいる、その争いで、良岑少将宗貞の弟、安貞が兄宗貞の身代わりになって死んでしまう。
死に際、安貞は、着物の袖に自分が身代わりになることを暗号で書き、斉頼(せいらい)の鷹(昔の鷹匠の名人、源斉頼からとって、よく訓練された鷹のことをこう呼んだらしい)の足にくくりつけ兄に宛てて放つ。
この安貞には墨染という恋人がいた。
墨染は、実は、帝遺愛の桜の古木「墨染桜」の精で、帝崩御に伴いその御陵のある逢坂山に移され、雪が降る冬のさなかに満開の花(宗貞は崩御を悲しんで桜が咲いたと思っているが、どうやら恋人の安貞が死んだことで墨染桜は狂い咲いたようである)をつけている。
天下の争いから逃れ、逢坂山に隠遁しながら帝の御陵を守る宗貞は、その花を愛で、恋人、小町姫(小野小町)が詠んだ歌によって桜の色が増したので、この墨染桜を「小町桜」と名づけ、そこに侘び住まいをしている。
一方天下を狙う大伴の黒主はその逢坂山の関所の関守「関兵衛」と姿を変え、クーデターの時を図っている。

と、舞台設定を書いただけでも相当にややこしい。

が、実際の舞台を見ると、その様なややこしさを忘れさせる面白さがある。

筋立て、面白さは次回につづく。R
by rankoh-f | 2008-09-10 01:47 | 一言解説

無事

9月7日、無事に「関寺小町」の代役を勤めた。

勿論、「無事」は「上手く」とも「よく」ともちがう。
ただ「何とか最後まで踊った」というだけである。

これから20年、30年かけて醸していきたい演目である。R
by rankoh-f | 2008-09-10 01:16

代役!

隔年に開催される藤盛会東京支部舞踊会。

9月7日に今回は、義太夫の「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」を踊る。

花競四季寿

元は人形浄瑠璃の景事として作られた四段返しの曲。
春が「萬歳(まんざい)」夏が「海士(あま)」
秋が「関寺小町(せきでらこまち)」で冬が「鷺娘(さぎむすめ)」という構成になっている。

今回はその春の部と秋の部を上下二段返しとして上演する。

「萬歳」は、正月に家々を回った門付けの太夫と才造の姿を描いている。
「漫才」ではなく「萬歳」である。
商売繁盛を祝い、市場の賑わいを言いたて、宝が蔵にずっしりと納まると祝言を述べ、舞収める。
男女の美しい若衆萬歳姿でも踊られる。

「関寺小町」は、百歳になった小町を描いている。
絶世の美女、小町が、年老いて、深草の少将の霊に責められながらも、華やかな昔を偲び、
ふと、舞を舞い、再び関寺へ帰ってゆく、というもの。
「老い」の哀しさの中に、典雅な趣のある曲となっている。

文化六年(1809)、大阪の人形浄瑠璃芝居で初演された。

この、上の巻の「萬歳」を門下の若手と踊る事になっていたが、
それに加えて、下の巻「関寺小町」を、急遽、母の代役で踊る事となった。

百歳の小野小町。

年輪が物言う世界をいかに見せるか…。R
by rankoh-f | 2008-09-07 01:37 | 一言解説