藤間蘭黄  日本舞踊の世界

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山帰り

相州大山、阿夫利神社で『山帰り』を踊らせて頂く。
神奈川県主催のイベント「カナガワ リ・古典」プロジェクト。http://magcul.net/focus/re_coten2015/
この曲は、大山に詣でた鳶の若い者がその帰り道、遊山旅を楽しむ様子が描かれている。神奈川宿の高台から遠眼鏡を覗いたり、土産物の喇叭で途中で出会った唐人の真似をしたり。当時の大山詣での風俗を取り入れた踊りである。曲中に当時流行っていた新内節の『蘭蝶』の一節を引用した「クドキ」が挿入されている。
ここで語られる「よつやで初めて逢うた時」と云う「四ツ谷」が何処か判らなかった。昨日、阿夫利神社の目黒宮司との話の中で、阿夫利神社の一の鳥居があるのが藤沢の四ツ谷不動堂と聞き、成る程これが取り入れられているのかと納得した。
朝、阿夫利神社下社に参拝。これから愈々本番である。R
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# by rankoh-f | 2015-11-07 09:31

稽古終了!

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サンクトペテルブルクでの6日間の振付を無事に終えた。10月の再会まで、各々で磨く。R

# by rankoh-f | 2015-07-22 06:40

信長

サンクトペテルブルクでの『信長』振付5日目無事終了。漸く最後まで振りが通り、作品全貌が明らかになってきた。
ルジマトフ氏の信長、岩田氏の秀吉。想像以上に適役となった。明日は最後の稽古。
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# by rankoh-f | 2015-07-21 05:15

ロシア

久々のロシア。
10月の「出会い」公演、『信長』の振付でサンクトペテルブルクに滞在している。
稽古場は、ミハイロフスキー劇場内。2日目の振付を無事に終えた。
蘭黄の拙い台本に沿って、ルジマトフ氏に振り付ける岩田守弘氏。
斎藤道三との会見から、桶狭間の合戦を経て、秀吉を家来にするまで。実に的確に「信長像」が作られてゆく。
音楽は、バレエダンサーには耳慣れないと思われる、13弦、17弦の琴に太鼓、笛、小鼓、大鼓で構成されたオリジナルの邦楽曲。その難しさを微塵も感じさせない動きが、目の前で作られ踊られてゆく。
そして自身が演じる「秀吉」も、蘭黄が思い描いた通り、いや、それ以上のものに。まさに一流の仕事を目の当たりにしている。R
# by rankoh-f | 2015-07-18 00:39

日々…

去る4月25日、母の蘭景が死去した。
享年85歳。
昨年春に肺癌が見つかるも、自覚症状がないので経過観察するうち、昨年末に胃に転移がみられ、
12月、1月と2度、内視鏡手術をした。経過は良好で、食は細くなったものの、何でも食べられていた。
6月の歌舞伎座での「藤間流大会」では蘭黄と『菊の栄』を踊ることにもなっており、
亡くなる直前まで全く元気に過ごしていた。

入浴中の脳出血による急死。

翌26日、蘭黄は、お世話になった他流の先輩の師歴60周年の記念の会への出演を控えていたため、
お弟子さんたちにすぐに知らせるわけにもいかず、駆けつけた弟夫婦に後を頼んで劇場へ。
夜の最後の出演を終えて20時半過ぎに帰宅。すぐに家元始め各方面へ連絡した。
お弟子さんへはまず最長老からと思い、電話をした。
当夜も蘭黄の舞台を観に来てくれていたので、その帰宅を待っての電話口。
さぞ驚き悲しむだろうと恐る恐る母の死を告げると、驚きはしたものの、取り乱す事なく、
まず、当夜の舞台の無事を言い、一門への連絡を全て引き受けてくれた。
母が祖母のところに養女にきた12歳の当初から今日まで、73年間の付き合い。
90歳を超えた今でも毎月の稽古日に通ってくる「矍鑠」が着物を着て歩いているようなその方に、
思わぬところで力付けられた。

物理的にも心理的にも何の準備もないまま、慌ただしく通夜・密葬を終え、
あっという間に2週間が過ぎた。

まだ信じられない、というのが正直な気持ちではある。
死後の諸手続き、本葬(5月29日)の準備など、やらなければならないことが目の前に山積みされており、
それを片付けていくことで、なんとか平常心が保てているのかもしれない。

故人へのご厚情に衷心より感謝申し上げます。
数々のお悔やみを有難うございます。

R
# by rankoh-f | 2015-05-10 10:05